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愚者の祈り

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​​誰かに誰かが殺されたことを示すアナウンスが早々に鳴り響いた。
亡くなったのが誰なのかも知る由もないが、目を伏せて安息を祈る。
ここでは死んだとしても何の手向けもされないのだ。それならば、せめてほんの僅かでも安らかに休めるように祈ろう。
目を開けると山道の向こうに人影が見えることに気付く。争う気はなかったので、道を引き返そうとしたところ、その人影から声を掛けられた。

「ヨハンさん。僕と組みませんか」

珍しい。
子供からの申し出であるからには断れないが、まるで能面のような作り笑顔を見て、只の純粋な好意による申し出ではないだろうな、と悟った。

「…構いません」

出来るだけ平常を装おうとしたが、思わず警戒心が声に乗ってしまい、硬い声が出た。
それを気にする様子もなく、佐藤 雪は「まずは武器と防具を調達しましょうか。その後に食料を探しましょう」と今後の段取りを提示する。

「大分、手慣れていますね」
「実験体番号が17M-RFT31ですから。ヨハンさんは何番ですか?」
「私は21M-RFT47です」
「それなら僕は貴方より4年も長くこの島にいる、ということです」

他の実験体と実験体番号を教え合うことはしなかったが、最初の二桁の数字にはそういう意味があったのか。
しかし、私よりも長く4年も彼はこの非道な実験に巻き込まれていると思うと、なんとも形容しがたい思いだ。眼の前の学生服を眺める。
刀を人に振るう、なんて経験はこれを着ている間には決してあってはならないのに。

「ヨハンさん、早くしないと、他の人に襲われますよ」
「分かっています」



―――

ある程度の防具と武器と食料を整え終わった頃にはもう日も暮れていたので、学校で身を隠すことにした。肉を焼き、ついでにアルコールも炙って、白酒を作る。このまま、更に火を加えて高梁酒にしてもいいし、薬草や花を探しに行ってもいいかもしれない。

「本当にお酒が好きなんですね」
「気を紛らわせるのに丁度いいので」
「凄いですね、こんな所で気分転換だなんて。僕にはそんな発想なんてありませんでした」

眉を顰める。
気の所為だろうか。やけに突っかかられているような気がする。なにか口を開くたびに遠回しに嫌味を言われるのはあまりいい気がしない。

「兄弟、何か言いたいことがあるのなら、はっきり言ったらどうですか」
「いいえ、別に何もありませんよ。ヨハンさんの気にし過ぎなのでは?」

嘘だな。
貼り付けたような笑顔に深くため息をつく。
もしも、次に彼から同盟を持ち掛けられることがあったら、その時は断るか。笑顔の裏にある明らかな敵意を相手にするのは、流石に疲れる。
でも、やはり子供を見捨てることはできない。
子供というにはあまりにも老獪なような気もするが。
手元の白酒を一口飲む。
辺りは静かだ。気味悪いぐらいに。

「そういえば、あまり他の方に会いませんね」
「会わない方がいいのは確かですが、確かにここまで静かなのは妙ですね。明日は動物を狩りながら、もう少し探索してみますか」
「正しい選択だと思います」
「それは光栄です。神父さんに言われると間違い無いような気がします」
「子供には正しい道を示さないといけないでしょうから」

そう言ってから、しまった、と思った。
若干の苛立ちから、つい、こちらも当てつけるようなことを言ってしまった。
すると、「………そういうことでしたか」と独り言が聞こえたので、弁解しようと彼の方を見たら、相変わらず笑っていた。

「貴方に言われるまでもなく、正しい道を歩んでいるつもりでいるので、それを証明しますね」

怒る訳でもなく、気にしていない訳でもなく、ただただ笑顔で棘のある言葉を吐く。
恐らく好意を持たれていないのは確かだが、それならば一緒に行動しようとするのかがよく分からない。

「ため息が多いですね」
「誰のせいだと思ってるんですか」
「貴方が短気なせいではないでしょうか」
「はぁ…、兄弟、そういう挑発するような物言いは控えるべきです」
「失礼しました。あくまでも僕は事実を述べただけのつもりですが、気をつけますね」

最悪だ。
もう有益な会話はできそうにないな。
見張りについて必要最低限の取り決めを交わして、あとは休むことにするか。


――――


薬草を探しながら森を歩いていると、何か硬いものが落ちたような音が聞こえて思わず身構える。どこかで戦いがあったのだろうか。その音と同時に彼は走り出した。思わず追いかけるが、すぐに見失ってしまった。見失ったまま、あてもなく森をうろつくのは良くないだろう。
元の道へ戻ろうとした時に、艶やかな長髪が特徴的な男が倒れているのを見つけた。息はもうないようだ。このままにしておくのも忍びない。
目を閉じさせて、たまたま持っていた生地を被せて、せめて安らかに眠れるように祈る。

「逃げられてしまいました」

茂みをかき分けて、彼は戻ってきた。
水辺に行きたい、と言うのに素直に従う。
離れたところで何かを探しているようだった。
アナウンスがまた聞こえた。どうやら残った人数が半分になったことを告げる内容のようだ。
思わずため息をつく。

「半分か…」
「もしかしたら、今回の実験には殺人鬼がいるのかもしれませんね」
「はぁ…、出来れば会いたくないものです」


――

人がよく死ぬからだろうか。
資材が残っており、手分けをして探したほうが効率がいいだろうということで二手に分かれて捜索することにした。使い道のなさそうなものを捨てて、瓶を集めていく。
物音が聞こえた。………蝙蝠か?
辺りの様子を確認し、音が聞こえた方に向かう。
そこにはシスターがいた。
負傷しているようだった。
いけない、手当をしなければ。包帯を手に取る。

「ヒッ……近寄らないで!!」
「シスター、落ち着いてください。私はただ姉妹の手当をしたいだけです。全く争う気はありません」
「喧しい、消え失せろ、偽善者!!!!」

よほど錯乱しているのか短剣を振り回す。
彼女が腕を振り回すにつれて、傷口が開いて血が流れるのが見える。一旦、ここは引いて落ち着いて回復を待ったほうがきっと彼女の為にもなるだろう。

「包帯と食物を置いておくので使ってください」
「偽善者の施しなんて要らないわ…、貴方なんかに助けられて生き延びるぐらいならここで死んだほうがよっぽどマシよ…」

憎々しげに、苦しそうに、そうシスターは吐き出した。唇からも血が流れており、死が近いのは明らかだった。生きることを諦めたのか、そのまま彼女は治療することもせずに激しく肩で息をしていた。いけない、このままだと本当に死んでしまう。
無理矢理にでも治療しなければ。そう思い、姉妹に駆け寄ろうとした瞬間に、彼女は最期の力を振り絞って叫んだ。

「あんな化け物と一緒にいて、何もしない、そんな貴方も罪人よ!!お前もあいつもまとめて地獄に堕ちろ!!!」

――――最終生存者、2人です。


また救えなかった。
もしかしたら、私と会わない方がシスターにとっては良かったのかもしれない。
しばらく立ち竦んでいたが、まだ実験は続いているのだということに思い至り、彼女を弔おうとしたところ、刀で斬られたような傷があることに気付いた。
残っている人物の中で刀を持っていたのは誰だったか。恐らくこれまで他の人を殺していたのは、一緒に行動していた子供なのだ。
全くそのような素振りを見せなかった。
私を最後に殺すつもりなのだろうか。それならば人を殺していたという事実は隠しておいた方がいいだろうが、それにしてもあんなに平然と出来るものなのか?
おそらく彼はこの島においては正しいが、人としては正しくないだろう。
私は彼に最後に正しい道を示せるのだろうか。
今回の実験において、私の務めはそれだと確信した。どちらかと言うと、それしか残されていないという方が正しいのかもしれないが。
足音が聞こえて頭を上げる。

「自分で作った罠でも踏んだのでしょうか?運が良かったですね」
「そして、兄弟は私も殺すつもりですか」
「…………気づいていたんですね。見ているのも罪、ではなかったんでしょうか」
「そうですね、私はまた罪を犯しました。これが、兄弟の信じる正しい道ですか?」
「…………。」

彼が初めて言葉に詰まった姿を見た。
何も答えずに無言で刀を抜く。その躊躇いのなさがこれまでどれだけの人を手にかけてきたかを表していた。なんて痛ましい。目を伏せる。

「最期に、話をしましょう」



――――



「人を殺すのは罪ですが、兄弟にそのような行いをさせてしまった私も同罪です。私は、これ以上、兄弟に罪を犯させたくありません」
「そんな説教なんて何の役にも立ちませんよ」

鼻で笑われる。
痛いほど、分かっている。
それでも、やはり茨の道を歩み続けるしかないのだ。この島で過ちを犯して最後まで生き残っても結局何も得られるものはないのだから。
それは皮肉なことに彼の実験体番号が物語っている。
だからこそ、せめてもの祈ろうと思った。
少しでも、彼に主のご加護がありますように。
4年もの間、この非道な実験に囚われている彼が少しでも赦されますように。
これ以上、子供が罪を重ねるのは、とても見てられない。

「戦いにおいてわれらを護り、悪魔の凶悪なる謀計に勝たしめ給え。…兄弟にも主のご加護がありますように。アーメン」

短剣を喉に突き刺そうとした瞬間、手に強烈な痛みが走り、手にした短剣が地面に叩きつけられる。
彼はそれを一瞥してトンネルの立ち入り禁止のロープをくぐり、ライターに火をつけた。
トンネルの中にはダイナマイトが並べられているのが見える。まさか。

「僕が知っている限り、ヨハンさんが優勝したことはありませんでした。貴方は常に人を庇って死んでいました。今だって、そうやって自ら死のうとする。だから、そんな貴方が優勝するのが正しいと思いました」

ライターが雪の手を離れた途端に、爆発音とともにトンネルが崩れた。目を開けたらそこには瓦礫の山しか残されていなかった。
実験終了を告げる無機質なアナウンスで彼が死んだことを悟った。
それにしても、最期まであの整った能面のような笑みと身だしなみは崩れなかったな。
死体すらも見せない、その徹底ぶりには一種の狂気すら感じた。

「………哀れな霊魂に安息を導き給え」

祈る声だけが虚しく辺りに響く。
また、私の償うべき罪が増えてしまった。
聖書にやるなって書いてあることは全部やっているな。





―――――

17M-RFT31(佐藤 雪)をこのルミア島においての優等生とするならば、21M-RFT47(韓 廷珉)は間違いなく劣等生だった。
同盟を組んだ実験体を庇って死んだり、騙し討ちをされて死んだり。命よりも己の信念を優先する傾向が強かった。その振る舞いを見ているとこの歳までよく生きられたな、と感心するぐらいだった。
勿論データは色々なパターンがある方がいいのだから、生存に消極的な実験体でも勝たせなければいけない。それが担当研究員としての仕事だった。

「さて、どうしたものか…」

実験体の様々なデータが表示されているパネルを眺めながら、不眠気味のヨハンの担当研究員はまともに働いていない脳味噌で考える。
画面にはビアンカと一緒に倒れているヨハンが映し出されている。祈る、だなんて戯言まで聞こえてくる。こんな島に連れてこられた時点で神も何もないのに。
コイツ、もしかして勝つ気がないんじゃないか。
それならば、勝たせるしかないかもしれない。

ビアンカ。
気難しいヨハンと珍しく、性格の相性は良かったが、攻撃と同時に自傷も激しい為、一人の敵を倒したところでそのまま力尽きてしまい、敵が同盟を組んでいた場合に為す術もない。
それ以外の実験体は、ヨハンの説教癖に付き合いきれず、途中で同盟を解消したり、裏切ったりする者が多かった。そもそも優勝する実験体はルクのように狡猾だったり、彰一やアデラのように勝利に強く執着する理由があったりするのだ。

「うーん…。子供の写真を餌にでもして、彰一にヨハンを優勝させろとか命令してみるかぁ?」
「そんなの16M-RFT23単独が優勝した結果とあまり変わりないですよ。恐らく16M-RFT23なら21M-RFT47と同盟を組まずに他の実験体と同盟を組み、その同盟を裏切る。それだけで、得られる結果としては最後に21M-RFT47を残すか自分自身を残すかの違いしかないじゃないですか」
「仰るとおりです…」
「でも、他人に優勝させる発想そのものは面白いですね」

辛辣な駄目出しと同時に褒められた。
そして、トーマス先輩に17M-RFT31を使ったら、どうですか?と提案された内容通りにお膳立てしたら思った通りの結果になった。
モニターにはトンネルの前で祈るヨハンが映し出されている。

「上手くいきましたか?」
「ええ、とても驚くぐらいに…。でも、何であそこまでうまくいくんですか」
「先輩として後輩に心理的誘導も教えないといけないですね。復習として、この実験のデータを取るついでに一つ前の実験と実験日誌も振り返りましょう」

そう言いながら、トーマスは先輩は録画したデータを再生した。
そこにはダイリン、雪の同盟とヨハン、ビアンカの同盟がホテルで合流している姿が映し出された。
どうやら食料を探しているようだった。ビアンカが見つけた酒をダイリンが欲しがった辺りから二人が揉め始める。初めはただの口喧嘩だったが、そのうちお互い手が出そうな雰囲気になったところでヨハンが無理矢理二人を引き離した。
ビアンカとダイリンに説教をした後にヨハンは雪へと向き直る。
『兄弟よ、どうして争いを止めなかったのですか?争いを傍観するのも罪です』
『申し訳ありません。大きな罪を犯してしまいましたね。無理やり止めることよりもっと大人しい方法を考えてみます』
そのやり取りをきっかけにその同盟の雰囲気は重苦しくなり、ダイリンがそんな同盟を見て面倒くさくなったのか単独行動をしようとした。その時に、たまたまアイソルとロッジが仕掛けた罠を踏んでしまう。
慌ててダイリンはその場を離れたが、罠は連動して発動する形式だったようで辺り一帯に仕掛けられた罠が発動する。ヨハンは身を挺して、ビアンカと雪を庇い、大きな負傷を負った。
『司祭よ、何故わらわ達を庇ったのじゃ!』
『子供達を守るのは大人の役目でしょう』
当たり前というような顔でヨハンはそう言った。
そして、ため息をついて疲れたとでも言うように目を閉じ、そのまま目を覚ますことはなかった。
ビアンカは泣いていたが、雪はヨハンの亡骸をしばらくじっと見下ろしていた。その手は微かに震えていた。
その実験は雪とビアンカの同盟が罠を仕掛けたアイソルとロッジの同盟を倒し、雪が優勝し、終わった。雪が強い、というよりもビアンカがほぼ自滅する覚悟で二人を倒した結果、雪が残った、というような形でだが。

「………何でこれで雪はヨハンを優勝させようとしたんですかねぇ」
「17M-RFT31のトラウマを利用した結果ですよ。貴方は実験日誌に目を通していなかったんですか?実験日誌は何のためにあると思っているんですか?実験を思い通りの結果にするためでしょう。目の前で命を軽々しく捨てるのが許せなかったんじゃないんですかね」

そう言ってトーマス先輩は録れた記録を保持所に並べていく。

「にしても、彼は本当に優等生ですね。可哀想なぐらいに」

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